白川郷合掌造り集落

南昌和×松本継太×黒田乃生

 

1995年,日本が世界遺産条約に批准した3年後,日本で6番目の世界遺産として登録されたのが「白川郷・五箇山の合掌造り集落」です。白川村役場基盤整備課の南昌和さん(大学院理工学研究科1997年修了)と教育委員会事務局の松本継太さん,白川村の景観審議会委員として景観保全に携わる黒田乃生准教授(芸術系)にお話を伺いました。

 


地元住民の「先見の明」

 岐阜県白川村で合掌造り集落の保存活動が本格的に始まったのは1971年のことでした。それまで農業振興を進めていましたが,合掌造りの文化的価値を生かした観光立村への大胆な方向転換が図られました。その中心となったのは,合掌造り集落のある荻町地区の住民です。「白川郷荻町集落の自然環境を守る会」が結成され,同時に「白川郷荻町集落の自然環境を守る住民憲章」が制定されました。合掌造り家屋の維持が難しくなり,解体や売却が行われる中で,住民自らが議論を重ね,合意を形成していったのです。
 この住民憲章の柱は,合掌造り家屋を「売らない・貸さない・壊さない」の3原則。厳しいルールですが,集落を保存し,観光資源とするための必須条件として,現在まで堅持されてきました。他の建物についても,高さや色,屋根の角度など,集落の景観を損なわないためのガイドラインが定められています。このような活動が実り,1976年に「重要伝統的建造物群保存地区」に選定され,観光地としても認知度を高めていきました。
 白川村は世界遺産登録のための直接的な活動をしていません。文化庁から打診を受けた時には,すでに登録の暫定リストに載っていました。白川郷の世界遺産登録は村の先人たちの努力と先見の明がもたらしてくれたもの。その精神は確実に若い世代に受け継がれています。



文化財の中で日々の暮らしを営む

 展望台から眺める集落の風景は,「山奥の伝統的な農村」そのもの。この人口2000人に満たない小さな村に,国内外から年間百数十万人もの観光客が訪れます。集落に入るとまず,合掌造り家屋の壮大さ,迫力に驚かされます。
 その一方で,そこでは人々の日々の暮らしが続いています。古き良き風習や景観を残しつつ,現代社会にも適合したコミュニティが成立している稀有な例です。自宅の一部を見学者に公開したり,民宿や食堂,土産物店を営みながら集落が維持されています。
 集落の中でも最も大きな家屋のひとつ「和田家」(国重要文化財)は,19世紀後期に建てられました。居住スペースの1階部分だけでも110坪もの広さがあり,2・3階では養蚕がおこなわれていました。ここで十数名が生活していたといいます。養蚕の空間を確保するために進化し,雪深い気候で育った気を使って建てられた合掌造りは白川郷の風土が生み出した建築で,これだけの年月を経てなお朽ちることなく残っています。



 典型的な過疎の村でしたが,多くの観光客が訪れるようになり,家屋を守り村を存続していくことができています。遺跡ではなく,現在進行中の生活と共存する文化財,それが白川郷の最大の魅力です。

 

守ること,変えること

 合掌造りの家屋の維持には,定期的なメンテナンスが欠かせません。費用の面では国の補助がありますが,技術や文化の継承も重要です。もともと集落には,住民が助け合って家屋を維持していく仕組みがありました。特に屋根葺きには,集落の人々が総出で作業する「結」という伝統的な方式があります。「家」同士が労働力を貸し借りし,技術も継承するというコンセプト自体が集落の文化なのです。最近は業者に頼むケースが増えていますが,「結」の方式を残していくことも遺産保護の一部です。
 観光地としてのブランドを確立した白川郷も,後継者がなく,空家となってしまう家屋が出てきました。この地に住みたい人,観光ビジネスを興したい人がいても,「占い・貸さない・壊さない」の3原則が空家の有効活用を難しくしています。とは言え,安易にこの原則を壊してしまうと,合掌造り家屋が投機の対象となり,適切な管理ができなくなる恐れがあります。保存活動の象徴でもある3原則をどこまで柔軟に運用するか,変えていく勇気と知恵を出す時期に差しかかっています。
 実は白川村は,たくさんの研究者が訪れる場所でもあります。明治期には,民俗学や社会学の分野で大家族制度が研究されていました。それが,合掌造りという建築様式へ関心が移り,現在では観光学の研究対象になっています。村では,こういった研究者とのコラボレーションも積極的に行い,景観保全や観光計画の策定に生かしています。

 


集落を盛り立てる価値の探索

 合掌造り集落の周辺い広がる森林にも価値が詰まっています。かつては家屋の材料を切り出し,薪などの燃料を供給し,栃の実などの食料も生み出した森。当時の生活の痕跡を示すものがたくさん残っている里山です。遊歩道を整備するなどして活用すれば,白川郷の魅力はさらに増すことでしょう。反面,過去に植えられた樹木が成長し,集落に影響を及ぼすようにもなっています。この森林も主楽の景観をつくる大切な要素。どのように手入れをし,観光資源として役立てていくかがこれからの課題です。そのために,学生と村民によるワークショップなども行われています。
 本学世界遺産専攻では,来年度,空家となっている合掌造り家屋を1棟,試験的に借りることになっています。ここを拠点に,演習や遺産保護の研究プロジェクトを展開する予定です。来年は世界遺産登録20周年を迎える白川郷。世界遺産としての新たな価値の創出が期待されます。



特集〔筑波大学と世界遺産〕 Tsukuba Communicationsvol.26, 2015