小笠原諸島

吉田正人


 東洋のガラパゴスとも言われる小笠原諸島には、固有の生物種が数多く生息する独特の生態系があります。世界自然遺産の国内候補になる前から現地の生態系調査に携わらり、今も小笠原の科学委員会メンバーとして調査研究を続ける吉田正人教授(芸術系)に、その自然遺産としての価値や保護活動についてお聞きしました。

開発計画から発見した進行中の進化

大小30あまりの島々からなる小笠原諸島。1972年に国立公園に指定されたものの、雨が少ないため、特に標高の低い兄島では背の高い樹木が育たず、自然風景としてあまり評価されていませんでした。それでも、空港の建設計画が浮上しました。
 1990年代、この計画をきっかけに詳しい環境調査を行ったところ、世界でここにしかいないカタツムリ類が続々と発見されました。しかも、黄の上に棲むものは緑色、地表に棲むものは茶色など、同じ島の中でも、環境の違いで別々に進化する現象「適応放散」がみられました。小笠原諸島は海洋島、つまり誕生以来、一度も他の陸地とつながったことがなく、そこに棲む生物は、鳥か海流か風のどれかに運ばれてきたものだけ。対立する種もなく、それぞれの場所で独特の進化を遂げたのです。それが世界自然遺産に足る価値(生態系や動植物群落の進化、発展において、重要な進行中の生態学的家庭または生物学的家庭を代表する顕著な見本)として認められ、2011年に世界遺産リストに記載されました。


外来種との果てしない戦い

小笠原諸島に人が住むようになったのは、19世紀中頃のことです。江戸幕府が17世紀に探検をした記録が欧米に伝わり、まずハワイからの移住が始まりました。日本の領土になる前は多様な移住者や文化が混在しており、その名残が欧米系の名字などに今も見られます。
 人やモノの往来は、ヤギ・ネズミ・ネコをはじめ、それまで島にはなかった動植物を持ち込みました。オガサワラゼミやオガサワラシジミ、アカガシラカラスバトなど、天敵のいない島でのんびりと生きてきた固有種は、これら外来種に捕食されたり、生存競争に負け、次々と絶滅の機器に陥りました。小笠原の自然保護活動は、外来種との戦いに他なりません。
 小笠原村では条例を作り、ネコが野生化しないよう飼い主を特定するなど管理を徹底しました。しかし、一度は完全に駆除したはずのネズミが、近年再び増えていますし、貨物や建設資材に紛れてアリやトカゲも入ってきます。外来種のカタツムリを捕食させようと導入した肉食プラナリアが、固有種にまで害を及ぼしています。限られた主で構成される単純な生態系では、外来種の影響はまたたく間に広がってしまうのです。対応が遅れないよう、常にモニタリングを続けています。

オガサワラ固有の昆虫を捕食する北米原産のグリーンアノール


エコツーリズム先進地へ

小笠原諸島へのアクセスは、一隻ずつの客船と貨物船だけ。しかも東京から片道25時間の長旅です。観光で1往復するには最低でも6日かかります。それでも、世界遺産登録の直後は観光客が急増し、受入が追いつかない事態になりました。そこで、小笠原海運は、船旅の快適性や、宿泊施設の収容力など、観光の質を保つために、客船の定員を1000人から750人に減らし、観光客の流入を制限しています。
 年中、海水浴ができる気候とはいえ、世界遺産登録前の観光客は夏に集中していました。かつては捕鯨基地として知られた小笠原では、世界的な鯨保護の流れの中で転換を図り、日本で初めてホエールウォッチングを開始。これによって、季節を問わずに観光客が訪れるようになりました。今ではホエールウォッチングやドルフィンスイムなど海上でのアクティビティから、無人島に上陸するコースまで、さまざまな観光ツアーが用意され、エコツーリズム先進地としての地位を築いています。そのカギとなるガイドの養成にも取り組み、単なる道案内や動植物の説明ではなく、島の歴史や文化的背景、自然に対する配慮も含めた丁寧な解説で、参加者に深い自然体験を提供しています。

自然遺産実習で南島ガイドツアーに参加した本学学生

人と共存する自然保護
 観光は小笠原のメイン産業である一方、観光客が外来種を持ち込む可能性は重大です。家族として連れてくるペットや、荷物や衣類についた小さな虫、一見なんでもないことが、島では大きな危険になり得ます。肝心なのは船に乗り込む前。靴底を洗うなどの外来種対策を徹底し、特別な島へ行くという意識付けと、島内でのルールを周知します。また、立ち入りできる場所や1回あるいは1日の参加者数を制限したり、固有種の繁殖期を避けるといった、観光ツアーのルールを定めています。観光客も自然保護活動の一端を担う重要なプレーヤーです。
 そこに人の暮らしがある異常、生態系への影響は必ず生じます。生活環境を大きく変えることなく外来種を駆除し、現在の生態系を守っていくことが目標です。世界遺産に登録されたことで、国・東京都・小笠原村の協力関係が確立し、自然保護活動へのサポート体制も充実しました。本学では、世界遺産専攻や自然保護寄附講座の演習で、現地の外来種対策やエコツーリズムを研究しています。島民、行政、観光客、研究者、多くの人々が、ダイナミックに変化する小笠原の生態系を見守り、貴重な固有種の保護を支援しています。

自然遺産演習でサンクチュアリに入る前に靴底を洗浄する本学学生

特集〔筑波大学と世界遺産〕 Tsukuba Communications vol.28, 2015 p8-9