麦積山石窟群

( シルクロード:長安―天山回廊の交易路網)

八木 春生


 2014 年、中国とヨーロッパを結ぶ交易路として形成されたシルクロードのうち、中国・カザフスタン・キルギスの3カ国に及ぶ約8700 km が世界遺産に登録されました。その33 の構成資産の一つが、中国甘粛省にある麦積山石窟群です。仏教僧の修行のために作られたもので、切り立った山に209 もの窟が掘られ、仏像や壁画が納められています。筑波大学世界遺産専攻では、八木春生教授( 芸術系)を中心に、中国の麦積山石窟芸術研究所と共同で、これら石窟群の保護と考古学・美術的研究を実施しています。


7000 体もの仏像をまつる一大石窟群

西安から西へ270 km ほどに位置する麦積山石窟群。高さ142 mの孤山に209 の窟が掘られています。膝を突いてようやく一人が入れるぐらいのものから、50 人ほど入れるものまで、窟の大きさはさまざまです。それぞれに、数体の仏像がまつられており、壁画が描かれているものもあります。全体では7000 体以上の仏像があると言われ、雲岡、龍門、敦煌と並んで中国四大石窟群の一つに数えられています。石窟間をつなぐ細い廊下や急な階段は、山肌に沿って斜面からせり出して設置されているので、崖の上を歩いているように感じられます。

これらの窟は、420 年代ごろから600 年代初めの200 年間ほどをかけて、継続的に作られました。仏像はいずれも石を彫ったものではなく、粘土でできた塑像です。それらが現在まで残っているというのはとても貴重なことです。

 このような石窟群は、仏教僧の修行の場でした。僧侶たちが奥深い山にこもり、仏像を作ったのです。最初は純粋に修行のためでしたが、次第に、一般の人が修行僧のために、あるいは貴族や皇帝が国家の威容を誇るために出資をして、仏像を作るようになりました。ただ、麦積山では国家のために作られた仏像はごくわずかで、修行的な色彩が非常に強いのが特徴です。


麦積山石窟群

八木 春生 教授
世界遺産専攻麦積山石窟研究展
世界遺産専攻麦積山石窟研究展

麦積山ヴァーチャルツアー

考古学や仏教美術の中でも、中国の仏像に特化した研究をしている日本の大学はごくわずかです。筑波大学は、長年にわたる中国での調査研究の実績があり、それが現地の麦積山石窟芸術研究所との共同研究につながりました。これにより、石窟内部への立ち入りや写真撮影が自由にできるようになり、飛躍的に研究が進みました。

 その典型的な成果が、石窟群を自由な角度から360 度の映像で提供するコンテンツの制作です。周囲の風景はもちろんのこと、いくつかの石窟については、内部に入り込んで、仏像や壁画を手に取るように見ることができます。このコンテンツは、ホームページ上で公開されています。http://www.tianshui.com.cn/mjs/jp_html/frontLab.html


顔つきや装束を手がかりに

麦積山石窟群に関する中国との共同研究の主な目的は、一つ一つの石窟がどの時代に作られたものかを特定することでした。窟は年代順に並んでいるわけではなく、番号もランダムに振られています。塑像ですから、別の場所に移してX線などを使った科学的分析をすることも困難です。そこで、仏像の表情や着ているもの、あるいは塑像としての技巧を手がかりに、それぞれの窟がいつ頃作られたものなのかを決定します。最初期のものと最後期のものとでは、顔つきや目の形、肉体表現が異なります。古いものほど素朴で表情も硬く、時代が進むにつれて、より肉感的になっていきます。袈裟の付け方も時代によって異なります。まつる対象として、人間との共通点を持たせないように作っていたのが、表現技法の上達も相まって、だんだんと複雑な細工が施されたり、人間に近いリアルな体の起伏が見られるものに変わっていきました。それらの特徴は時代ごとに系統づけることができます。

 調査研究の結果、北周時代のものだと考えられていた窟が、隋のものだったなど、従来の定説が覆る大きな発見がいくつかありました。当時のことを記した文書などの資料が残っておらず、確認する術が乏しいため、いろいろな方面から議論を重ねて結論を導きます。どの観点を重要視すべきか、中国側と必ずしも見解が合致していない部分もありますが、5年間の共同研究により、ほぼ全ての時代特定が完了しました。


次の研究フェーズ~保存に向けて

現在は観光地として整備されている麦積山ですが、1950年代までは参道が途切れており、人が立ち入るのは困難な場所でした。そのため、過去に何度か大きな地震に見舞われて崩れた部分はあるものの、塑像の割にはとても良い状態で保存されていました。しかしながら、激しい気候変動や、増加する観光客などの影響でダメージが現れています。また、1970 ~ 80 年代に行われた修復の際に、崩落した山肌をコンクリートで固めてしまったために、山全体の水はけが悪くなり、石窟内のあちこちから水が出てくるようになりました。これが、塑像の破損や壁画の剥落といった深刻なトラブルを招いています。

 個々の石窟が作られた時代を特定し、仏像の背景にある物語をひもとく研究は、適切な修復・保存作業を行うためにも欠かせません。時代ごとの材料や技法、仏像に込められた意味に応じて、最適な保存方法を選択する必要があるのです。これまでの研究成果を踏まえ、次のフェーズでは、具体的な修復や保存に向けた研究を行う予定です。そのための新たな共同研究が間もなくスタートする予定です。



調査風景


特集〔筑波大学と世界遺産〕 Tsukuba Communications vol.30, 2016,p8-9